『存在のすべてを』 塩田 武士
物語の展開
1991年12月11日、塾帰りの少年立花敦之が誘拐された。
警察は対策本部を設置し、隣接する県警にも協力をあおぎ、多くの人員を割いて犯人逮捕に向けて動いていた。
翌日身代金を持って向かう父親を追尾している途中、別の誘拐事件が発生する。
誘拐されたのは、4歳の内藤亮。
複雑な家庭環境にあり、母子家庭で母親は育児放棄しており、我が子の写真1枚も持っていない。
母親の実家は資産家だが、勘当されている。
誘拐犯は母親の実家に身代金1億円を要求してくる。
警察は先に起きた事件に捜査員を動員しているので、こちらの事件への対応が手薄になる。
亮の祖父が身代金の入ったボストンバッグを持って犯人に振り回され、最終的に港の見える丘公園の展望台に置くようにと指示されるが、地形的に捜査員の配備がしにくい場所だ。
1人の捜査員が不審者を発見したが気づかれ、取り逃してしまう。
その頃、最初の事件の被害者立花敦之は無事に保護されたという連絡が入る。
最初の誘拐は囮だったのか。
結局誘拐犯は現れず、身代金の入ったボストンバッグは善意の第三者によって交番に届けられる。
亮の安否は不明のままだったが、3年後、突然祖父の家に戻ってくる。
7歳になった亮は、礼儀正しいしっかりした子どもに育っていた。
この事件は15年後に時効を迎え、それからさらに15年後、人気写実画家の如月脩は誘拐被害者だったことが週刊誌に暴露される。
新聞記者門田は懇意にしていた刑事の死をきっかけに、如月脩=内藤亮の空白の3年間を追いかけることになる。
読み終えて
物語としてはとても面白かった。
先が気になって、どんどん読み進んでいく。
写実だからこその風景画を頼りに亮の足跡をたどっていく門田。
もう一人、亮の高校の同級生でお互い気持ちが通じていたであろう画商の里穂もまた亮を探している。
写実画家で、誘拐犯の仲間と思われていた野本雅彦の弟である野本貴彦に関することや、高校時代の亮と里穂とのつながりなどが、視点を変えて延々と語られていく。
「いつになったら真実が判明するのか」と思いながらも、退屈することなく引き込まれて読んだ。
そして亮の空白の3年間の暮らしが明らかになるのだが…。
なんだろ…。
没頭して読んだのは、この作者の文章の力だと思う。
が、何か物足りない。
たぶん、わたしが「事件もの」と思って読んだからだと思う。
事件の詳細が解明されるのかと思いながら読んだからかな。
身代金を手に入れられなかった犯人はどうなったのかとか、誘拐した子供を3年間人に預けたまま放置していた不思議とか。
途中、もう1人の被害者立花敦之が警察に逮捕されたというくだりがあるのだけど、そこから何かがつながって発展するのか、なんて期待してしまったけど、彼はそれっきり退場。
決してつまらなかったわけではない。
絵画界のしがらみは、それこそ「白い巨塔」の構図と同じようなもので「そうだろうね」という感じで受け止めたし、亮の3年間の生活も興味深く読めたしウルッとした。
だけど、なんとなくモヤモヤが残っている。
わたしが思っていたのとは方向性が違ったということだと思う。
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今日も最後までお付き合いくださってありがとうございます ^_^
どうかステキな1日を!