
先日、母に対する口調がキツくなるという話をした。
相変わらず、わたしの言ってることが理解できてるんだかできてないんだか…。

大きな声で何度も同じことを言うのも疲れるよねぃ。
心の中で「あー、またキツく言っちゃった」とは思うんだけど。
大きな声で優しく言うのは難しくない?
いつも叔母が入所している施設に連れていってくれる従妹がいて、3年ぐらい前にこんなことを書いている。

自分が母に優しくできないことを親のせいにしてはいけないと思うんだけど、わたしの中にはずっとそんな思いがあるんだなー。
そのことについて少しAIと話をしてみた。
もちろんいろんな原因はあるけど、その一つとして
「子供の頃に親から受けた接し方や言葉遣いが無意識にベースになっていたり…」と言うので、そこを深掘りしてみたのよ。
わたしの記憶の中では、例えばわたしが体調が悪いと訴えた時、小学生の頃は学校を休ませてもらえなかった。
「大丈夫、熱はないから行ける。行ったら治る」と。
中学生以上ぐらいになると、遊ぶばかりしてるからだ、夜更かししてるからだ、などと労られるより責められることのほうが多かった。
あまり自覚はなかったけど、今から考えるとそれって「体調崩した人が悪い」と責められてるようなものだよね。
弱音を吐くことが許されないような環境にあったと思う。
まぁ、そのおかげでほとんど弱音を吐くことなく生きてきたんだけど。
それがいいのか、どうなのか。
ちなみにAIの意見はこうだ
なるほどねー。
そんな気がするのよ。
今さら95歳の母に育て方がどーのこーの言っても仕方ないのでね。
なるべく穏やかに気長に接するよう努力するよ。
はて、自分の子どもたちにはどうだっただろう。
わたしは自分がしんどかった時に寄り添ってもらえなかったことが多かったので、そうしないように気をつけてたつもりなんだけど。
弱音は吐けばいい、いっぱい吐き出して気持ちを変えればいいという思いでいたんだけど、伝わってたのだろうか。
その答えはこれから徐々に出るのだろう。
怖いな。

